「ウィキペディア」より引用
「起承転結」説は、主に以下のようなものである。
◆唐の詩人、杜甫の詠んだ次の五言絶句の詩が、「起承転結」の例である。
原文 | 書き下し文 | 現代語訳 |
江碧鳥逾白 | 江碧(みどり)にして 鳥逾(いよ)いよ白く | 川の水は深緑で鳥はますます白く見え |
山青花欲燃 | 山青くして 花燃えんと欲す | 山は新緑で花は燃えさからんばかりに赤く見える |
今春看又過 | 今春 看(みす)みす又た過ぐ | 今年の春も見ているうちにまたもや過ぎ去ろうとしている |
何日是帰年 | 何れの日か 是れ帰年ならん | 一体いつになれば故郷に帰れる年がくるというのか |
また、頼山陽 (1780-1832) の作と伝えられる以下の俗謡も、起承転結の例として認知されている
(これには多様なバリエーションがある)
「 起」: 大阪本町 糸屋の娘
「 承」: 姉は十六 妹が十四
「 転」: 諸国大名は 弓矢で殺す
「 結」:糸屋の娘は 目で殺す
頼山陽は、漢詩の起承転結を弟子に理解させるために、この俗謡を用いていたと伝承されている。
◆ 「起承転結」批判
日本においては、高等学校までに学習する文章のスタイルは、「起承転結」が一般的である。このため、生徒は「日本語の文章は必ず起承転結で書く」という認識を持って卒業している場合が多い。一方で、起承転結は、漢詩の構成にすぎず、論理的な文章を書ける構成ではないとして、以下のように指摘されている。
日本語学が専門で高崎経済大学助教授 (当時。後に教授) の高松正毅は、起承転結について、「こと説得を目的とする文章を作成するにあたっては極めて不適切で、ほとんど使いものにならない」と主張しており、「『起承転結』では、文章は書けない」と述べている。「起」「承」「転」「結」のそれぞれの機能の定義が明確でなく、各部分に含まれるべき文が曖昧であることを、高松は問題視する。
高松はまた、起承転結が真に問題であるのは、それが「役に立たない」からではなく、思考に大きな影響を与えるためであるとする。すなわち、文章の論旨とは無関係のように見えることを「転」で突然言い出したり、論旨を「結」に書くために、可能な限り後のほうに記述しようとしたり、文章の構成として絶対に認められない思考様式を定着させると、高松は主張している。
その他の批判は割愛する。
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