静岡・しずはたやまの古墳


 賎機山に古墳があるよ!


大昔日本の色々な所に王様がいました。
王様は自分の力を見せるために、大きなお墓を住んでいた土地に建てました。それが今、古墳として残っています。
静岡浅間神社にも賎機山古墳があります。
賎機山古墳は浅間神社の百段階段を登った所にあります。

賎機山の古墳


古墳の石棺

古墳の形は、直径32メートル、高さ約7メートルと推定される円墳です。その中に石棺があります。


古墳の石棺

静岡市文化財資料館の石棺

普通の石棺の持ち手には縦1つずつ横に2つずつが普通です。しかし賎機の石棺の持ち手は縦1つずつ横に3つずつ付いています。浅間神社のようなかわった古墳は、あと奈良県の御所(ごぜ)市にあるのと2つしかありません。これは、全国にも2つしか存在していません。


資料館の石棺


古墳の中からは、六鈴鏡、装身具(耳環・金銅中空丸玉・ガラス玉)、武具、武器(金銅装大刀)、馬具(馬鈴)、鉄斧、多数の須恵器などが発見されました。

古墳の中から出てきた物


安倍の市

「焼津辺にわが行きしかば駿河なる 安倍の市道に逢ひ(い)し児らはも」

この歌は春日蔵首老の歌で「万葉集」におさめられています。老は、優秀な僧侶であったので次官として認められ常陸国へふにんしていました。この歌はその仕事をおえて都へ帰る途中で詠んだ歌だといわれています。
旅をしてこの焼津辺まで来たが安倍の市で、出会った少女達の事が忘れられないという意味です。
安倍の市は、現在の七間町、人宿町、宮ヶ崎町あたりににあったという説があります。
おおよそ6キロメートルほどの広さの市でした。

安倍の市を詠んだ万葉集の歌碑

感想

私は、静岡浅間神社の古墳が、なぜあるのかなぁと思って調べてみたら、大昔には王様がいたんだなぁと知らない事がたくさん分かりました。今でも大昔の古墳がのこっていてすごいなぁと思いました。


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