エッセイ
『残したいものがあります』

広島市 平山文俊(やすとし)

最近、「伝えたいことがあります。残したいものがあります。」というコマーシャルがテレビから流れているのを見ることがあります。
われわれの年代になると、仕事では第一線から退いているが、永年培って来た技能とかノウハウとかをそのまま埋もれさせることなく、若い世代へ伝えていくことが残された大切な使命の一つではないかと考えます。

私は一昨年、永年勤めていたある機械メーカーを退職しましたが、これまでに仕事で経験したり、蓄積した技術を何らかの形で残したいと考えて来ました。

仕事人生の後半は中国への出張も多かったこともあり、退職後も中国語の勉強を続けていたので、これらの技術を中国語に訳して纏めよう、と思い立ちました。

その原稿が出来上がったので、中国のある機械メーカーへ技術提供したい旨打診をしていたところ、「歓迎」という 承諾があり、昨年10月この機械メーカーを訪問しました。
     
[添付スケッチ]敦煌、莫高窟


初日、顔合わせの席上で私はこう挨拶をしました。



『私は昨年3月退職して以来、これまで経験して来た技術を何かの形で残したい、次の世代へ伝承したいと考えて来ました。



貴重な資料だから誰にも見せたくない、と抱え込んで墓場まで持って行っても何にもなりません。





出来るだけ多くの人々に伝えたいという気持ちでやって来ました。



これを貴社と協力して一冊の技術書として編集して発行し、中国国内の多くの技術者に提供出来れば私は本望です。』


これに対し先方の廠長は、
『我々を信頼して戴き、貴重な資料を提供して貰い、心から感謝します。』と大変感激され、滞在中は格別な対遇を受けました。
 
これまでの会社対会社の折衝では営利が目的ということもあり、「あれは出してはいけない、これもーー」と制約が多く、お互いに腹を割った対話は少なく、疑心暗鬼なところが多々ありましたが、何の制約もなく、誠心誠意、お互い真心と真心での付き合いでした。

私はこの席上、こんな話もしました。
『私は現在中国語の勉強していますが、なかなか上手になりません。
そして中国のなぞなぞもいくつか習いました。そのうちで私の一番好きななぞなぞを紹介したいと思います。

一加一不是二(1+1は2ではありません)

那魔、一加一是什魔?(では、1+1は何でしょう?)ーー

皆さん中国の方ならお判りと思いますがーーーーそうです、

1+1は[王]ですね。(1+1を縦に書くと王という字になる)

王様はその国で一人しかいなくて、一番偉い人です。

この度、貴社と私(1+1)の技術協力で、この中国に一つしかなく、しかも一番立派な技術書の完成をめざしましょう。』

人間にとってお互いに「信頼し合う」ということがどんなに大切か実感した交流でした。

そして、この技術書が出来上がり、中国国内で出版されることになり、今年の6月上海で開催された『中国大型化学プラント用機械保守技術検討会』で紹介され、その説明会に出席して来ました。

この会議には国内の主要プラントから多数の中堅技術者が集まり、私の説明を熱心に聴き、活発な質疑応答がありました。

私はこの席上の挨拶で、本の出来上がるまでのいきさつ、一加一不是二の話もしました。

そして、技術関係の説明を終えたあと、私は最後にこう挨拶をして締めくくりました。
「この本はこれまでに私が経験したこと、見聞した最新の技術も含めまとめました。しかし、これは完全ではありません。なぜなら技術の進歩は日新月歩で急速です。今日の最新技術は明日には古くなっているでしょう。

私は皆さんがこの本の内容を習得され、その上で新しい技術を生み出されて、更に発展されることをお祈りいたします。
謝謝 大家!」 
そして、多くの 技術者から心のこもった拍手を戴きました。

こうしてささやかでも人に尽くすことが出来たという満足感は、なにものにも変え難い私の財産の一つとなりました。




平山文俊(やすとし
〒733-0864広島市西区草津梅が台